自然と人間を行動分析学で科学する

島宗 理@法政大学文学部心理学科【行動分析学, パフォーマンスマネジメント, インストラクショナルデザイン】

人はなぜ電話中に歩き回るのだろう?

 TBSラジオ安住紳一郎の日曜天国』が最近のお気に入りです。ポッドキャストのみならず、radikoで配信されている全2時間ぶんの放送をラジ録2というソフトで予約録音して、ジムや車で聴いています。

 いつだったかの放送でリスナーからのお便りに「人はなぜ電話中に歩き回るのでしょうか?」というメッセージがありました。オフィスで隣の席の同僚が、電話がかかってくるたびに席を立ち、給湯室に入ったり出たり、事務所中をぷらぷらと歩き回り、あげくのはてに上司の席の後側まで通過していく。そんな内容だったように記憶しています。なんだかちょっと迷惑ですというニュアンスのメッセージでした。

 気になってググってみたら、同じような疑問を持っている人は他にもいるようです。Yahoo!知恵袋でそういう疑問を投げかけている人もいました。この問いに正解があるとして、なんのために正解が欲しいのか、どうしてそういうところで正解が得られると思うのかは毎度のように疑問ですが、それでも、話をしていると動きたくなるとか、他人に聞かれたくない話をしているのではないかとか、もっともらしい回答も書込まれていました。

 確かに電話しながら歩き回る人を見たことはあるし、自分もそうすることはあるけれど、電話がかかってきたときに歩いていたのに立ち止まったり、立っていたのに座ったりすることも同じくらい、いや自分の場合はそれ以上にありそうです。よく歩き回る人でも、他に誰もいない自宅で独りくつろいで珈琲でも飲んでいるときに友達から電話がかかってきたときに部屋を歩き回ったりはしなさそうです。オフィスで他の社員と一緒に仕事をしているときでも、資料を拡げて読みながら話をしなくてはならないときには歩き回らないはずです。

 「人はなぜ電話中に歩き回るのだろう?」と素朴に思うのは自然として、その理由を見つけるには、まず「人はどんなときに電話中に歩き回るのだろう?」という形で設問を立て、観察したり、記録したり、考えるべきです。そうすれば「本能がそうさせているのではないでしょうか」といったトンチンカンな答えに辿り着かなくてすむはずです。

 それでは、人はどんなときに電話中歩き回るでしょうか? 観察したわけではないですが、私の推測は以下の通りです。

1. 周りの人に聞かれたくない話をするとき
2. 周りの人に話し声で迷惑をかけたくないとき
3. 携帯や子機の電波が入りにくいとき
4. 座ったまま話をするのが失礼な相手から電話がかかってきたとき

 もちろんこれだけではなさそうです。たとえばPCで仕事をしていたときに電話がかかってきて仕事を中断せざるをえないが丁度コーヒーが飲みたかったのでお代わりを注ぎに行くために立ち上がるなんてこともありそうです。だから、これはこれがすべての解ですというリストではありません。むしろ一つ確実に言えることは、電話中に歩き回る行動の原因は複数あるし、1と4が同時に起こりえるように重複している場合もあるということです。

 行動の原因はその見かけからはわかりません。“電話中に歩き回る”ところだけを見ていると、どれも同じように見えてしまうかもしれません。ところが、カメラを引いて俯瞰で眺めると、歩き回る前後の状況変化が異なることがわかります。上記の1や2は自分の周りに人がいなくなることで強化される行動です。3は通話のノイズが減り、相手の声がよく聞こえるようになることで強化される行動です。4は座ったままで話をしていると感じる不安が減ることで強化される行動です。それぞれ行動随伴性が異なるわけです。行動分析学では行動随伴性が異なる行動は外見は同じでも機能が異なる別々の行動であるとみなします。

 そしてそのように考えると想像できるように、これらの行動は機能の違いゆえに、よく見ると外見も少々違っているかもしれません。1や2はひそひそ話になるかもしれません。3では逆に声が大きくなるかもしれません。4では腰を引いたり、ぺこぺこおじぎをするなどの行動が同時に発現するかもしれません。

 もう一つ行動の原因推定を難しくさせるのが「学習」という側面です。目の前に相手がいたときの経験(「座ったままで失礼な!」と怒られたなど)が影響していると考えると4はわかりやすい例かもしれません。1-3も同じです。周りの人に聞かれたくない話をしていたときに歩き回ることで話を聞かれずに済んだという経験が次の行動に影響し、次に周りの人に聞かれたくない話をする電話がかかってきたときに歩き回る行動が引きだされるようになるのです。つまり、現在生じている行動は、現在の状況だけではなく、過去の類似の状況にも原因があることになります。過去の状況は現在生じている行動を俯瞰で観察しても見えてきません。だから推測が難しいのです。

 さらにもう一つ原因推定を難しくさせるのが「過剰般化」(より正確には「隠喩的拡張」)という現象です。周りの人に聞かれたくない話をしていたときに歩き回ることで話を聞かれずに済んだという経験が次の行動に影響し、次に電話がかかってきたときに、周りの人に聞かれたくない話でもないのに、電話がかかってきたという過去の経験と共通する部分的な状況だけから歩き回る行動が引きだされるようになる場合です。

 つまり、「人はなぜ電話中に歩き回るのだろう?」を考えるために、まずは「人はどんなときに電話中に歩き回るのだろう?」から無難にスタートしても、観察するだけで原因を推定するのは困難だということになります。

 そこで「実験」という方法論が登場するわけです。周りの人に聞かれたくない話をするときに歩き回ることで聞かれないからそうするなら、歩き回っても聞かれてしまうようにして、それでも歩き回るかどうかを確かめればいいことになります。たとえば電話をしながら歩き回る同僚に聞き耳を立ててついて回るなどです。携帯や子機の電波が入りにくいから歩き回っているのであれば、どんなに歩き回っても電波状態がよくならないような部屋で電話をしてもらい、それでも歩き回るかどうかを確かめればいいことになります。こうした実験によって、ようやく「人はなぜ電話中に歩き回るのだろう?」に答えがだせるようになるのです。

 そんなことまでする人はいないでしょうね。

 でも、オフィスで同僚が電話をしながらウロウロしているのにイライラしている人は、このようなことを考えていれば、そのうちウロウロに対するイライラは解消するかもしれませんよ。