自然と人間を行動分析学で科学する

島宗 理@法政大学文学部心理学科【行動分析学, パフォーマンスマネジメント, インストラクショナルデザイン】

サッチャー錯視はなぜ起るのか?

サッチャー錯視とは?

 

 顔の画像の一部を変形させると不気味な印象を引き起こすようになるのに、同じ画像をひっくり返して見せると、そういう印象があまり起らないという現象。元英国首相のマーガレット・サッチャー氏の顔写真が見本に使われたため、このように名前がついているらしい(このwebページに小泉前総理の顔を使ったデモがあります)。

サッチャー錯視についてわかっていること:

(1) 顔写真の一部分を加工し、歪ませる(両目の位置を左右に広げたり、片目を上下反転させたり)。

(2) そうやって変形した顔の画像を正立して提示すると、観察者にはとても奇妙な印象を与える。

(3) ところが同じ画像を倒立して提示すると、そのような奇妙さがほどんど感じられなくなる。

(4) このような現象は顔の認知に特有と言われている。

サッチャー錯視はなぜ起るのか? 随伴性ダイアグラムを描いて、視考してみました。

サッチャー錯視に関する認知心理学的解釈:

・人間は顔を認識するときに、目や鼻や口の配置や位置関係など、全体的な情報を手がかりにしている。

・歪ませた顔画像を倒立提示すると、この全体的な情報が使えなくなるので、奇妙な感じを受けなくなる。

・(ということだと思うのですが、いまひとつ説得力がないというか、私の理解力が低いというか....)

伊東裕司先生(慶應義塾大学)によれば、

・刺激布置には、パターン群の持つ基本的全体構造(一次的関係特性)と、それらの微妙な変化(二次的関係特性)があり、顔全体の構造(縦長の円の中心くらいに縦鼻、その下に口、両側に目があるなど)は一次的関係特性、片目の配置や両眼の間隔は二次的関係特性にあたる。

・二次的関係特性による弁別が高度に訓練されていれば(例:犬のブリーダーにとっての犬の画像など)、顔と同様の倒立効果が見られる。

とのことでした。

ということは、もしかしたら、漢字の認識でも同じことが言えるのではないかと思い、刺激を作ってみました。

下の図は「倒」を倒立させたものですが、3つのうち、どれが正しい「倒」かすぐにわかりますか?(いわゆるメンタルローテションですね) 右端はともかく、中央と左端ではけっこう迷うのではないでしょうか?

Thatcherillusion01

正立させると一目瞭然。右端はなんだか欽ちゃん走りみたいでヒョーキンな印象を受けますし(歪ませたサッチャーさんの顔が「怖い」という印象を喚起させるのと似ているかも)、中央はなんとなく中国の漢字表記のように見えます(俺だけ?)。

Thatcherillusion02

サッチャー錯視の研究が、顔写真の印象だけではなく弁別や見本合わせ(MTS)の正確さやスピードも扱っているかどうかわかりませんが、弁別オペラントと印象のタクトは関連しながらも別の行動だと思うので、取り扱いには注意しないとならないと思われます。

随伴性ダイアグラムを描いてみましょう。

(1) 物理的には、左右はほぼ対称だが、上下は非対称という特性。

(2) 「顔」は人の他のパーツ(肩、肘、脚など)よりも、その人本人を同定するのに役立つ(弁別刺激となりやすい)。だから、街で誰かとすれちがったり、誰かに何かを頼むときには、顔を見る行動が喚起されやすい。

Thatcherillusion03

(3) 顔は様々な角度から観ることがあり、でもそれらはすべて共通の行動を喚起する(正例:面から見ても、右横90度から見ても、下から見上げても、上から見下ろしても、サッチャーさんはサッチャーさん)。

(4) 日常生活では顔の「倒立」提示という機会はほとんどない。ここがコップやフォークやテレビとは異なる点。ちなみに、漢字など文字刺激とは共通する点。

Thatcherillusion04

(5) 目や口や眉や眉間など、顔の構成部品は微妙に変化し「表情」を生みだすが、人は変わらない(サッチャーさんはサッチャーさん)。

(6) ただし、その変化に対応して行動しないと強化されなかったり、弱化されたりする。つまり、微細な刺激変化に対応した弁別オペラントが必要。

(7) 文脈刺激(高次弁別刺激)が不明確だからわかりにくいが、明示するなら、顔そのものの弁別は「誰の顔?」という質問に答える行動(これが「一次的関係特性」に対応する?)、表情の弁別は「どんな顔?」という質問に答える行動(これが「二次的関係特性」に対応する?)のかも。

Thatcherillusion05

(8) もしそうならば、顔の弁別(複数の人の顔から見本刺激と同じ人の顔を選ぶ課題)と、特定の人の表情の弁別(怒っているのは? 悲しいのは?など)は別々のオペラントとして課題設定すべき。

(9) 漢字を例に考えれば、漢字を読むだけの訓練と、ハネやトメなどの規則を正確に教える訓練とでは、上述の「倒」の弁別成績に及ぼす影響が異なってくるかも。

(10) この分析だと、「誰の顔」課題でも「どんな顔」課題でも、「倒立」提示による妨害効果は同じくらい効きそうだが、実際には違うということであれば、単純に、「誰の顔」課題は倒立訓練の経験があり(写真とかを逆さにみて「○○さんだよね」という)、「どんな顔」課題は経験が少ないだけかもしれない(写真とかを逆さにみて「○○さんだよね」、「どれどれ、ちょっと見せて」と写真をひっくりかえして「楽しそうにしてるよね」というように)。これは実験的に検証可能である(顔でも、漢字でも)。

以上。随伴性ダイアグラムを描いてみることにより、顔の一次的関係特性や二次的関係特性というやや抽象的な記述を、「誰の顔?」「どんな顔」という文脈刺激における弁別刺激とそれをてがかりにしたオペラントの違いと捉えられるかもしれないこと、そして、画像を倒置することによる効果の違いは、それぞれの経験の差によるものとして、実験的に訓練をしてみることで検討できる可能性がわかったような気がします。

いかがでしょうか?(^^)