自然と人間を行動分析学で科学する

島宗 理@法政大学文学部心理学科【行動分析学, パフォーマンスマネジメント, インストラクショナルデザイン】

日本心理学会第77回大会チュートリアルワークショップのフォローアップ(その2)「極めて低頻度で起こる問題行動」について

 「一年に一回とか、極めて稀に、発作的に起こってしまう行動は、どのように測定できますか?」というご質問をいただきました。具体的には、万引きとか、盗撮だそうです。

 応用行動分析学を活かした行動変容の実践では、日々行動を記録し、主に行動の頻度を対象とし、頻度を上げたり下げたりする介入計画を立案して実行します。結果の評価も日々の行動記録を用い、折れ線グラフを描き、介入の前後で水準、傾向、分散を比較します。

 確かに年一回とかの低頻度だと、毎日記録をとってグラフにするのも意味がなさそうだし、介入の前後で行動が変わったかどうかを判断するのも難しい、あるいは数年間のベースラインと数年間の介入後の記録を比較しないと、行動が変わったかどうか判断できなさそうです。

 ワークショップで私が回答したのは、未遂に終わった行動の頻度を測ることでした。そのためには万引きとか盗撮の前段階となる行動を知らなければなりません。たとえば、飲酒の前段階の行動はスーパーでビールを買うとか、居酒屋で酎ハイを注文するとかです。飲酒行動の頻度は、ビールの購買行動や酎ハイの注文行動を減らしたり、炭酸水を買ったり、ウーロン茶を注文したりするという代替行動を増やすことで間接的に減らせます。

 あいにく私は万引きも盗撮もしたことがなく、そうした事例に関わったこともないのでビデオクリップ法が使えず、こうした行動の前段階となる行動が思いつきませんでした。ワークショップの参加者の皆さんにも問いかけましたが、参加者の皆さんも同じく未体験で、「これなら」という標的をみつけることができませんでした。

 さすがに試しに犯罪に手を染めるわけにもいかないので今でもこの無知な状況は変わりませんが、後でもう少し考えてみたら、たとえば、本屋さんで店員の死角となる場所に行くとか(このケースは本屋さんでの万引きだそうなので)、他に客がいないコーナーに行くとか、盗んだ本をいれるための鞄の口を開けるとか、これらが本当に万引きの準備行動になるかどうかはその道のプロに聞いてみないとなりませんが、そういう行動を思いつきました。盗撮についても、たとえば女子更衣室やトイレの近くでカメラを取り出すとか、一目のつかないところから覗くとか、そういう準備行動があるかもしれないと思いました。

 しかしながら、そのように考えながら、もう一つ理解できなかったことは(「理解できない」というのは随伴性を推定したときに辻褄があわないということです)、そもそも「一年に一回とか、極めて稀に、発作的に起こってしまう行動」なんてあり得るのだろうか?という疑問です。

 自発する機会が限定されている行動であればそれだけ低頻度で起こる行動もあるでしょう。たとえば自分なら海で潜るという行動は今では数年に一回くらいの頻度でしか自発されません。でもそれは海に出かける頻度がそれくらいだからです(機会あたりの自発確率であれば高確率になります)。

 自発頻度とはあくまでもフリーオペラントの反応率ですから、いつでも反応できる状態で、しかも強化される可能性はある状態での行動を考えるわけです。

 本屋さんでの万引きについて考えるなら、毎日のように本屋に行けて、毎回のように万引きする機会があることが前提です。そして、これまで万引きしている人で、それが主訴にさえなっている人であれば、行動レパートリーもあり(人目を隠れて本をバッグなどに入れることができる)、万引きの後続条件に好子が含まれていて(見つかりそうになる「ドキドキ」をうまくやることで消失させる)、強化履歴(バッグに入れた本を家に持ち帰ることができた)もある人だろうと推定できます。

 警察庁の「犯罪情勢」によると、万引きの検挙率は凡そ70%台前半で推移しているようですが、これはあくまで認知件数に対する検挙件数の割合です。ある調査は書店で棚卸し時に発覚する商品ロスのうち、万引き被害が占める割合を73.6%と推定しています。つまり、検挙率には含まれないかなりの暗数がありそうだということです。

 これだけのデータから万引きの成功率(強化率)を推定するのは困難ですが、少なくとも3割よりは高そうです。

 もちろん捕まるという弱化の随伴性が伴いますが、それでも強化確率が3割以上のフリーオペラントの自発率が「一年に一回」というのは低すぎるように思えます。自分の行動にもそのような自発様式の行動は見当たりません。

 ですので、自分なら「発作的に」というフレーズを疑い、書店に行く行動の頻度とか、書店での振る舞いとかをもう少ししつこく調べると思います。万引きしそうになったけど(あるいはするつもりだったけど)、何かの事情で(見つかりそうになったとか)中断したというケースや、見つからずに成功したケースをみつけられるかもしれません。前者は上述の準備行動になりますし、後者は正直に報告すると「犯行の自白」になるので言語報告行動に強力な弱化の随伴性がかかっていますが、実態把握には重要なことだと思います。

 そうしたさらなる調査によって、実は万引き行動の頻度が当初の自己報告よりも高ければそのまま標的行動になるかもしれませんし、それでも低すぎるようなら、準備行動を標的行動にできるでしょう。

 その可能性はそれほど高いとは思えないのですが、万引き行動も、準備行動も自発頻度が極めて低く、万引きしたくなる「衝動」はあるがほぼ毎回「自制」していて、それが時々できなくなってしまうということであれば、「衝動」を減らす介入を考えるのも手かもしれません。

 というわけで、このシリーズの次回(最終回)は「衝動」を減らす介入について、そしてそのような私的出来事とか内潜的行動の取扱について捕足します。