自然と人間を行動分析学で科学する

島宗 理@法政大学文学部心理学科【行動分析学, パフォーマンスマネジメント, インストラクショナルデザイン】

「社会の病気」というデフレからの脱却策として、消費税の漸次的増税によるインフレターゲットのコントロールを提案します。

日本の針路:マネックス証券社長松本大先日あるフォーラムで会場に対して「デフレはいいか悪いか」を尋ねてみた。実に7〜8割の方が「デフレはいい」と挙手された。これにはさすがにびっくりした。私は「デフレは社会の病気」だと考えている。デフレの中では、モノを今日買うよりも明日買う方が得である。だから今日判断しないで明日判断することに慣れ、何事にも対応のスピードが遅れていく。「今あるものを守る」「今あるものを食いつなぐ」戦略の中では「デフレはいい」ことになってしまう。これは縮小均衡的な発想であり、未来は尻すぼみである(日本経済新聞, 2011/01/10, 朝刊, p.18)。

 ほんの十年くらい前までは、日本は物価がとても高い国だった。特に住まい。食品も高かった。外国からの客人は苦労していたし、外国に旅行すると、いろいろなものが安くて驚いたものだ。

 あの頃、みんな「もっと物価が安くなるように」と願っていた。

 「デフレはいい」と挙手した人たちは、「物価が安くなってよかった」と言っているのだと思う。

 物価の水準の国際比較というのはけっこう難しいらしい。為替水準の適正さは、たとえばマクドナルドのビックマックなど、複数の国で販売される同じ商品の値段を使って判断するという。たとえば、米国との比較では、ビックマックだと1ドル=85.79円、iPodナノ(16GB)だと93.85円、スタバのトールラテだと148円となる(日経プラスワン, 2010/10/16, p.2)。こうしたデータを見る限り、日本の物価水準は現状でも必ずしも低くはないということになると思う。

 松本大氏の懸念は、むしろ、物価の限りない低下傾向が弁別刺激もしくは確立操作として働き、消費の先延ばしが生じてしまっている可能性、そしてこれが“デフレスパイラル”を生みだしているという現状であろう。

 つまり、物価の絶対的な水準(物価が低くなったこと)と、底が見えない減少傾向(物価がずっと低くなっていく傾向)は区別すべきであるということだ。

 「物価水準が先進他国に比べて同じくらいになって欲しい人?」と言われて手を上げる人も、「このまま物価がさらに低下して給与も下がり、結局は欲しいものが妥当な価格で買えなくなってもいい人?」と問われれば手を上げないのではないだろうか?

 そして、消費行動を引き出して、“デフレスパイラル”から脱却するためには、物価は下げ止まったという弁別刺激を明確に提示する必要がある。あるいは、モノやサービスによっては物価が上昇するかもしれないという刺激が提示されれば、確立操作として、価格が上がる前に購入しようという動機づけとして機能するはず。だから、日銀がインフレターゲットを設定することにはそういう意味はある。

 ただし、インフレターゲットを設定しても実際に価格が上昇しなければ、インフレターゲットそのものの刺激性制御が失われる。おそらく日銀はそこを懸念しているのだろう。そしてその懸念も行動分析学からすればもっともな話だ。

 では、どうすればよいのか。

 自分は個人的には小さな政府指向だが、今の日本には増税もやむをえないと思う。無駄な支出を削るのはもちろん前提条件で、まだまだ足りないと思うけど、わが国の莫大な借金を考えると、緊縮財政だけでは不十分であることこともまた明らかだ。しかし、いきなり消費税を上げたら、購買行動が弱化されるわけで、消費が“冷え込む”のも間違いない。だから、消費税の増税は漸次的に段階的に行う。たとえば、15年かけて年1%ずつとか。こうすれば、税込みの商品価格は固定されるか、あるいは徐々に上がっていく。実質、インフレターゲットをコントロールでき、価格が上がらないうちにものを買う行動の確立操作になって、強化随伴性も設定できる。

 というわけで、消費税の漸次的増税によるインフレターゲットのコントロールを提案します。