自然と人間を行動分析学で科学する

島宗 理@法政大学文学部心理学科【行動分析学, パフォーマンスマネジメント, インストラクショナルデザイン】

行動分析学はメジャーになったか?

「ところで10年前に比べ行動分析はメジャーになったのでしょうか。なんとなく疑問なところもあるのですが」

ヤッ太郎父さんからコメントをいただきました。

さぁ、どうだろう?と思いながら返信を書いていたら異常に長くなってしまったので、記事として投稿しちゃいます。

以下、私のコメントです。


ヤッ太郎父さん、こんにちは。お久しぶりです。お元気ですか。

はたして行動分析学はメジャーになったのか?

答えは「メジャー」の定義にもよりますね。毎日のようにTVや新聞で取り上げられるのが「メジャー」なら(“メジャーリーグ”のように)、メジャーになってないし、今後もならないだろうし、なる意味もないと思います。

大学で心理学を学んだ人で(心理学科じゃなくてもせめて何かしらの「心理学」の講義を受講した人で)、たとえば「強化」という概念を知っている人の割合は.....。どうでしょうか? もしかしたら増えているかもしれません。微増にせよ。

というのも、この十年で日本語で読める日本語の教科書や文献が爆発的に増えているからです。十年前は「日本語で読める行動分析学」なんて一覧を作る必要があるほど“マイナー”だったわけですが、今ではAmazonで「行動分析」を検索するだけで、相当数の本がヒットします。絶版になってしまった本は少ないようですので、教科書として採用されたり、一般的に売れている本も多いのではないかと思われます。「行動分析」を標榜していなくても内容的には行動分析学的な一般書も出始めていますし。

最近、十年間の研究の動向を総括すると、やはり自閉症などの発達障害、臨床の領域で、実験的・応用的研究が増えています。国際行動分析学会(ABAI)では、年次大会での発表件数があまりに増えすぎたので、自閉症専門の年次大会(Autism Conference)、そして教育関係専門の年次大会(Evidence-Based Practice, Scientifically-Based Instruction, and Educational Effectiveness)を、それぞれ別に開催するようになったくらいです。学会誌もすべて読むのは不可能なほど、教育系、臨床系のジャーナルが増えています。ABAIも最近、研究をベースにした実践に特化した雑誌を新たに刊行しました(Behavior Analysis in Practice)。

日本では、地域によって大きな差があるとは思いますが、全体的には、特別支援教育に携わる教員(その多くは心理学のバックグラウンドは持たない人たち)で、応用行動分析学の研修を受けたことがある人たちの割合が増えていると思います。なぜかというと、日本行動分析学会では地域のニーズに応じた公開講座支援という事業をやっているのですが、ここ数年は申請が減っています。担当委員としては申請件数を増やそうと、講師になってくれそうな人たちにお願いがてら話を聞いています。そうしてわかってきたのは、最近は、発達臨床に関わる専門家が、地域で開催されている各種の研修会(学校や教育委員会や親の会が開くもの)に定常的にお呼ばれされているという事情です。つまり、皆さん引っ張りだこで大忙しなのです。

ちなみに日本行動分析学会の会員数は十年間でおよそ2倍になりました(貯金もこのくらいの利息で増えてくれると助かるのですが...  ^^)。

行動分析学創始者であるスキナーは、行動分析学会(もしくは"界")について、“We are happy few.”という表現をしていました(すみません。原典が見つからない)。これに対して、私の師匠であるマロットは“Skinner’s “happy few” is too few.”と指摘しています。研究、特に発達臨床においては"メジャー"とも言えるとしながら(論文の引用件数などのデータから判断して)、臨床家全体の中ではまだまだ少数であると(APAとABAIの会員数を比較して)。

おそらく日本でも同じことが言えるのではないかと思います。心理臨床サービスの専門家(教育、心理、医療、福祉などの仕事に携わる人たち)を母集団としたら、確かに行動分析学を習得している人の割合はまだまだマイナーでしょう。

ただ、逆に、ではそういう母集団では何がメジャーなのか?と問うてみればわかるように、実は心理臨床サービスの専門家なら誰でも語り合えるような、共通の言語としての専門性というのは「ない」のではないかと、私は疑っています。立命館大学の望月昭先生のグループが「対人援助学」という名称で新しく学問(もしくは学会)を打ち上げようとしているのも、そこに狙いがあるのだと思われます。

はたして行動分析学はメジャーになったのか?

結論、というか解釈は、何を基準に判断するか次第のようです。

私の感想並みの解釈は、この十年は悪くなかった。少なくとも政治・行政のような“失われた”十年ではなかった。それどころか、今後十年とか、それ以上のスパンの将来を見据えると、とても順調である、というものです。一番の根拠は、行動分析学を習得した若手たちが、続々と大学に就職しているからです。

現在、現役で活躍している心理臨床家の人たちが大学で基礎トレーニングを受けたのは、数十年前のことです。そのときに彼らを指導する大学教員にどれだけ行動分析家がいたか。それと現在、そしてこれから十年の間に行動分析学の専門家に指導され、数十年後に現場でリーダーとして活躍していく人たちの数を比較すれば、私の希望的観測もあながち夢物語ではないのではないかと思います。

教育は百年の計です。