自然と人間を行動分析学で科学する

島宗 理@法政大学文学部心理学科【行動分析学, パフォーマンスマネジメント, インストラクショナルデザイン】

学生はなぜ授業に遅れるのか?

 新学期が始まって、学生が教室にやってくる時間に“格差”というか二極化傾向があるのに気がついた。

 授業開始30分以上前から教室にいる学生もいて、こっちが時間を間違えたかと驚かされたと思えば、授業が始まって5分以上たってから悪びれずに入ってくる学生もいる。

 七割近くの学生は5分前には到着している(エラい!)。欠席者は除くとして、遅刻者でもほとんどは電車が遅れたなどの“正当な”理由があって、「遅延証明書」を取ってくるものもいる(そんなもんを見るのは高校時代以来だったので、やたら懐かしかったぞ)。

 私の授業の前に他の授業や用事でキャンパスにいたかどうか、たまたま授業前に空き時間があったかどうか、通学路など、一人ひとり事情が異なるから、そのへんを調査しないと結論は出せないのだが、遅刻に関する学生のパフォーマンスは、2つの特性の組み合わせ(2×2の4パターン)で、おざっぱに分類できそうだ。

 特性の一つめは遅刻してはいけないという気持ちの強弱。つまり、遅刻することがどれだけ強い嫌子となっているかどうかだ。遅刻するなんて自分が許せないという“几帳面”な学生もいれば、教員からだらしないと思われたくないという学生もいるだろう。そのへんの裏事情はぜんぶひっくるめてしまって、どれだけ遅刻したくない気持ちが強いかという特性だ。

 もう一つの特性は時間に間に合って到着するために必要なことが身に付いているかどうかできるかどうか。つまり、行動レパートリーが身に付いているかどうかだ。時間に間に合うためには、(1)課題分析、(2)見積もり、(3)〆切の設定、(4)進捗の監視という4つの行動が必要なのだが、大学生だけでなく、社会人でもこうした行動の習得度には大きな個人差がある。

 2つの特性を組み合わせると、論理的には4つのパターンが出来上がる。極端なケースは、遅刻に対してものすごく過敏だし、どうすれば遅刻しなくて済むかわかっているA君と、遅刻しても気にせず、遅刻しそうになってもどうすればいいか分からないBさん。この二人のパフォーマンスは、電車が遅れたり、エレベータが混むなどの外部要因にはあまり影響されない。A君はいつでも早く来るし、Bさんはいつでも遅れがちになる。

 組み合わせとしては遅刻したくないけどどうすればいいのかわからないCさんや、どうすればいいのかわかっているけど遅刻は気にしないD君もありえるけど、実際にはこういう学生さんはあまりいない。

 大学教員としては、どんな特性を持った学生さんでも最初から授業に参加できるように支援したいところ。

 私の授業では遅刻10分ごとに出席点が1点減点するようにしている。最後の10分間に合えば1点は取れるようにすることで、遅れそうだから休んじゃおうという学生にも対応。出席点は他の各種得点(課題や宿題や授業中の発言)などと累計されて成績になるので、学生の遅刻に関する気持ちの個人差によらず、いい成績をとることに興味さえあれば動機付けられるようになっている。

 遅刻しないための行動レパートリーは授業では教えていないが、卒論や修論を指導するときには、〆切までに提出するためのスキルとして実践的にトレーニングしている。

 応用すれば、授業に遅刻しないためのセルフマネジメントになりそうなので、各行動レパートリーに関してヒントになるように解説してみよう。

(1)課題分析

 卒論や修論を書くという複雑な課題では、課題の遂行に必要な事柄を書き出すのが先決。たとえば、文献を集めてコピーする、先行研究の要点をまとめる、実験計画を立てる、実験を行なう、データを分析する、論文のアウトラインを書く、論文の各章を書く、推敲する、などなど、である。

 授業に行くという一見単純な課題でも、朝起床してからの一連の行動まで含めて考えたり、教室に到着するまでに他の用事を済ませておきたいときには(駅で定期券を購入し、コンビニで昼食を買って、など)いくらでも複雑になっていく。

 実際、起床から家を出るまでの時間が長い人に、何をしているのか聞いてみると毎日やっていることににも関わらず、すらすら出てこなかったり、順番が決まっていないことがわかる。“ダラダラ”してしまう人のほとんどにこの傾向がある。

 朝、起きてから家を出るまでの課題を書きだして並べるだけで(ベッドから出る、トイレに行く、顔を洗う、着替る、....)、一つの課題から次の課題へ移る時間を節約できたりする。

(2)見積もり

 課題分析をしたら、次は一つの課題にどれくらい時間がかかるかを見積もる。たとえば、電子図書館で文献を検索して先行研究を5本以上見つけるのに1時間、先行研究を1本読んで論点をまとめるのに2時間、など。

 プロジェクトマネジメントやタイムマネジメントの研修では必ず取り上げられるように、課題ごとに所要時間を見積るのは基本中の基本だが、教わらないとできない行動でもある。なぜなら「週末に頑張れば終るだろう」くらいの漠然とした見積もりでもなんとかなる場合も多いからだ。でも、それだと結局は時間切れになったり、課題の完成度が低くなったりする。

 見積もりを細かくきちっと立てるメリットは、事前に立てた見積もりがどれくらい当たっていたかを振り返ることで、正確な見積もり立てる力が養われていくことにある。

 最近ではネットなどで路線検索と共に乗換時間も含んだ旅行時間を教えてくれるサービスが充実している。日本の電車は時刻表通りに正確に運行しているから、電車の旅行時間に関する見積もりはずいぶんと簡単になった。

 見積もりが不十分なのは、前述した家を出るまでの各種課題や寄道課題、それから、万が一、交通機関が乱れたときのリスクの見積もりだ。

(3)〆切の設定

 卒論や修論の提出〆切ははっきり決まっている。ところが提出までのスケジュールにはほとんど〆切が設定されていない。このため「明日やろう」「来週やればいいや」という“先延ばし”が生じる。

 だから課題分析によって書き出された各課題について見積もりを算定したら、最終的な〆切に間に合うように、各課題にも〆切をつけていく。

 同じことを遅刻せずに授業に来ることにあてはめれば、たとえば家を出るまでの各課題に見積もった時間を〆切をして設定できる(たとえば、メイクアップを20分で終らす、家を8:20には出るなど)。

(4)進捗の監視

 〆切を設定したら、それを監視する。これによって、見積もりの誤りにできるだけ早い段階で気づいてスケジュールを修正する。卒論や修論の指導では、毎週のミーティングでこれをやるようにしている。最初はこちらが主導するが、学生もだんだん自分でこの監視と調整ができるようになっていく(ちなみに、もしかしたら心理学そのものよりも、こういうスキルの方が卒業後には役立ったりもする)。

 私もそうだが、携帯電話が一般的になってから腕時計をしない人が増えたような気がする。携帯の時計で時間がわかるからだが、腕時計と携帯とでは時間を見るのにかかる行動コストに差がある(腕時計の方が短時間で簡単に時間を確認できる)。

 授業に間に合うように進捗を監視し、調整するためには、時計を見る行動が多発されなくてはならない。だから、家では目に付くところに時計を置いたり、通学時に腕時計で時間を見て、スケジュール通りに進んでいるかどうかをチェックしやすい環境を整えたい。