自然と人間を行動分析学で科学する

島宗 理@法政大学文学部心理学科【行動分析学, パフォーマンスマネジメント, インストラクショナルデザイン】

再考シングルケースデザイン:吉田寿夫先生からの問いかけに答える(その5):多層ベースライン法(マルチプルベースライン法)について

吉田先生からの問いかけ:

マルチベースラインデザインによる研究とリプリケーションの違いは?
そもそもベースラインがマルチなのか?

 私たちは “Multiple baseline design” を「多層ベースライン法」と訳しています(『行動分析学入門』産業図書)。いつ、なぜ、「マルチプル(Multiple)」が「マルチ」になってしまったのかは不明ですが、バーロー&ハーセンの訳本『一事例の実験デザイン』でも、アルバート&トルートマンの訳本『はじめての応用行動分析』でも確かに「マルチベースラインデザイン」と訳されています。
 私たちが「多層」という和訳を選んだのは、この実験デザインを用いて行った研究では、参加者間や場面間、あるいは行動間のデータを、縦に「多層」的に積み並べた折れ線グラフで表示し、分析するからです。そして、この実験デザインの特徴がまさにそこにあるからです。
 多層ベースライン法では、一つの折れ線グラフについて、ベースライン期と介入期を比較するだけではなく、そのときに、他の、まだ介入を開始していない折れ線グラフのベースラインで変化が起こっていないことを確認します。グラフを縦に多層的に積み並べているのは、横軸の時間軸をあわせ、同時性を確保し、介入を始めた条件では行動が変わっているのに、同時期に介入をしていない他の条件では行動に変化が起こっていないことを視覚的に確認するためです。他の条件で変化が起こらなければ、介入以外の剰余変数の影響を排除できる可能性が高まります。そして、介入が行動変容の主因であった可能性を高めます。
 逆に介入を開始していない他の条件でも行動が変化してしまったら、それは介入以外の剰余変数の関与、もしくは次のご質問にあるように「般化」を示唆することになります。これについては後述します。
 多層ベースライン法は、AB法(ベースライン期と介入期を比較する方法)の反復による再現(「リプリケーション」を私たちは「再現」と訳しています)をしていく方法ではありますが、同時に、複数の条件間で時間軸をあわせることで、上記のような剰余変数の排除を試み、結果として内的妥当性を確保しようとする実験デザインなのです。
 このあたりのロジックは、上記の本よりも、"White Book"という相性で呼ばれる、クーパー・ヘロン・ヒュワードの"Applied Behavior Analysis"の方に詳しく、よりわかりやく解説されています。この本は、応用行動分析学を勉強する人にとっては、必読書の一つだったのですが、ようやく日本語訳が出版されましたのでご紹介しておきます(私はまだ日本語訳は読んでいません)。

吉田先生からの問いかけ:

行動間 or 状況間マルチベースラインデザインによる研究において,最初の介入期に後続の検討対象となる行動や状況において効果が見られないことの意味は?
般化(?)が生じないものだと見なす根拠ないし論拠は?
以上の4つの事柄に関する各研究者の(当該の研究における)考えについて論述する必要はない のか?

 多層ベースライン法を適用するときの前提の一つは、各条件における行動が独立であること(共変化しないこと)、それでも行動のもつ機能はある程度、類似していることです。実験者は実験計画を立てる段階で、標的行動の随伴性を分析したり、先行研究を調べることで、この前提がどれだけ成立しているか「あて」をつけることになります。
 たとえば、発語のない知的障害があるお子さんにカードの交換で要求することを教える新しい方法を開発するとして、訓練場面が学校の給食時間、最初の訓練者が担任の先生、訓練する行動が「お茶」の要求だとします。給食の時間に副担任の先生もいつも同席していて、このお子さんに関わっているようなら、副担任に対するカード要求は訓練しなくても般化によって生じる可能性が大きいです。なので、カードによるお茶の要求訓練の効果を指導者間の多層ベースライン法で確認するのは難しいと判断します。
 そこで、「お茶」で訓練したカードによる要求が「チョコレート」を要求することに般化するかどうかを考えます。これなら機能は十分に類似していますが、先行研究から独立した行動であることが示唆されるので、行動間多層ベースライン法を適用できると判断します。
 判断がつきにくい場合もあります。このお子さんが自宅に帰って、夕食の時間に、お母さんに対して、「お茶」のカード要求ができるかどうか。これはグレーゾーンかもしれません。参加者間の多層ベースライン法を組むための参加者が他にみあたらず、どうしても新しいカード訓練方法の効果をこのお子さんで確認したいとゼミ生に言われたら、私なら暫定的に多層ベースライン法でやってみることを勧めるかもしれません。家庭で般化せず、家庭でのお母さんによる再訓練が必要なら多層ベースライン法が適用可となります。もし家庭でのやりとりにも般化したなら、この事例からは般化の可能性が示唆されたことになり、ただ、その再現はできていませんから、「般化」なのか、その他の剰余変数が効いているのかは判断できません。他のお子さんで再現できるかどうか、さらに研究を重ねることになります。
 多層ベースライン法を適用して開始した実験で、最初の条件で効果的だった介入が他の条件では効果がなかったり、不十分であるとわかることもあります。その場合には、その条件の随伴性を見直して、その条件で行動変容が起こるための追加の条件を導入することが多いです。つまり、多層ベースラインの条件によって、ABだったり、ABCだったりする場合です。
 こうなってくると、単なる再現は失敗しているので、解釈は難しくなります。制御変数を明らかにするという意味では、条件を増やしたり、別の参加者を使って、ABで行動が変容するときと、ABCで行動が変容するときの決定因を探していくことになります。
 ただし、制御変数の特定には失敗していても、介入には成功しているわけで、少なくとも、その参加者のその条件でのその行動を変えたという臨床的価値が残ります。これは仮説検証型の群間比較デザインにはない、シングルケースデザインの長所の一つだと思います。

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