この言語行動の章はMalott先生たちのオリジナル版にはない日本語版独自の章で,故佐藤方哉先生が奮起して書き下ろしたものです。
佐藤先生は,"黄色い本"(『行動理論への招待』,大修館書店)を読むとわかるように,記号を使って事象を記述,整理することに長けておられたのですが,記号については特に解説がないときもあり,そんなとき,我々学生は一種の知的謎解きに従事することになるのでした。
さて,当該の節では,第三者からは観察できず,本人にしかわからない私的刺激("痛み"や"恥ずかしさ"など)のタクトを,第三者が教えられる理由が整理されています。本文には4つの具体例が示されていて,表にはそれぞれが記号で抽象化されていますが,記号の解説はありません。
1. 私的刺激と公的刺激との併存
s が 私的刺激,Sが公的刺激を示し,& が併存を示します。
第三者にはs(例:腫れた感覚)は見えませんが,併存するS(例:腫れ)が見えるので,"腫れてる"というタクトを強化できます。タクトをTactとし,第三者による般性強化("そうだよね"など)をRftとすれば三項随伴性はこうなります。
s(腫れた感覚) & S(腫れ) → Tact("腫れてる") → Rft
この結果,
s(腫れた感覚) → Tact ("腫れてる")
という弁別オペラントが自発されるようになるということになります。
2. 私的刺激と顕在的関連反応との併存
s が 私的刺激,Rが顕在的関連反応,Sが公的刺激を示します。
息苦しさ(s)があるときに,顔をゆがめて胸をかきむしる(R)と,その様子は第三者に見える(S)ので,"息苦しい"というタクトを強化できます。
ちなみに,「≡」は左辺と右辺が「合同」であることを示す記号です。なぜ「=」ではないかといえば,左辺も右辺も数字ではないからだと思いますが,これは私の推測です。
s(息苦しさ) → R ≡ S(顔をゆがめて胸をかきむしる) → Tact("息苦しい") → Rft
の結果,
s(息苦しさ) → Tact("息苦しい")
という弁別オペラントが自発されるようになります。
3. 顕在的反応の非顕在化
Rが顕在的反応,s が 私的刺激,Sが公的刺激,rが非顕在的(内潜的)反応を示します。「∧」は「かつ」です。
本文と対応させると,恥ずかしくて赤面するとき,第三者からみてもわかるほどの赤面(反射)が Rですが,これは話し手本人にとっても見える(あるいは顔の火照りを感じられる)のでSです。と同時に,第三者には見えない顔が火照っている感覚(s)も生じています。順序を変えた方がわかりやすいかもしれません。
(s(火照り感覚) ∧ S(赤面)) ≡ R(赤面)→ Tact("恥ずかしい")→ Rft
という強化により,
s(火照り感覚)→ Tact("恥ずかしい")が自発されるようになります。
同時に,他者には見えない,赤面はしないが,少し火照るくらいの反応(r)は話し手にとっては併存しています(≡s)から,このくらいの弱い反応でもタクトが般化によって自発されるようになります。
s(微少な火照り感覚)→ Tact("恥ずかしい")
4. 公的刺激へのタクトの拡張
s が 私的刺激,SDが私的刺激と類似したその他の刺激ですが,その類似した特性に関するタクト(弁別オペラント)を制御しているのでSD(弁別刺激)と記号化されています。
たとえば,「心が弾む」というタクトは,ボールが弾んでいる様子(SD)に対する「弾む」というタクトが,"うきうき"しているときの気持ち(s)と,弾んでいるという類似性から般化した隠喩的拡張タクトであると考えます。
SD(ボールが弾んでいるところ)→ Tact(「弾む」)→ Rft
から
s ("うきうき")→ Tact(「心が弾む」)
への般化です。