自然と人間を行動分析学で科学する

島宗 理@法政大学文学部心理学科【行動分析学, パフォーマンスマネジメント, インストラクショナルデザイン】

はるがきた:やんちゃな小犬の子育日記(22)扉の閉まったクレート内で安心して食事ができるようにする

 ビデオを撮っていなかったのが今となれば残念なのですが、はる(うちの犬)はクレートの中で食事ができませんでした。正確には、クレートの扉が閉じていると、外に出たがり、食事どころではなくなってしまっていました。
 扉を開けたままなら、自分から中に入って行き、昼寝をすることもありましたし、あらかじめフードを入れておけば、自分で入って行き、食べていました。
 ところが、クレート、私、はるの位置関係で、私がクレートにおやつを投げ入れ、そのまま待っていると、こちらをちらちら見るのですが、近づいてきません。私がその場から離れてしばらくすると、様子をうかがいながらクレートに近づいてきて、後ろ足をクレートの外に残し、“へっぴり腰”状態でクレートに頭を突っ込み、おやつをパクッとくわえると、すぐにクレートから離れます。
 擬人的に言えば、まるで餌で誘い込んで捕獲されることがわかって用心している半野生動物みたいな振る舞いです。
 クレートでくつろいで過ごせるようにならないと、万が一、怪我や病気で入院したり、災害にあって被災したときに大変ですよと山本先生から言われていたので、なんとかしたいと色々試してきました。
 クレートに入れ、扉を閉め、いくら吠えてもほっておくこともしました。3-4時間の消去でしたが、それでも吠えは止まらず、逆に止まらないうちにクレートからだしてしまったので、消去抵抗は余計に上がってしまっているはずです。
 クレートに入れ、扉を閉め、私がクレートのそばにいながら無視していれば、やがて吠えるのは止めますが、これではあまり意味がなさそうです。しかも、そのときには中におやつを入れても食べません。クレートに閉じ込められている状況が不安喚起機能を獲得していくばかりです。
 そこで作戦を変えることにしました。短期決戦はあきらめ、時間をかけてレスポンデントもオペラントも、扉が閉まったクレートの不安喚起機能をなくすことで対処することにしました。
 まずは、クレートに入ってフードを食べる行動の強化です。これはそれまでもできていましたが、機会を増やしました。朝、クレートにおやつを入れておき、寝室から居間に移動してきたら入って食べる。日中、ベランダで遊んでいて部屋に戻ると、クレートにおやつが落ちていて、入って食べる。クリッカーを使ってコマンド遊びしているときに、クレートに入ってクリック+おやつとか、クレートの中でおすわりやふせでおやつとか。これらは全部クレートの扉が開いている状態での練習です。
 次に、クレートの扉を閉めていきました。これには朝夕の食事の時間を使いました。いきなり食器をクレートの中に入れてみたらクレートに入って行かなかったので、最初はクレートの扉は全開で、食器を入口から50cmくらいのところに離して置きました(これまで通り)。ここから大凡ですが、様子をみながら1週間に5cmくらいのペースで食器をクレートに近づけていきました。
 食器に近づかなくなったり、へっぴり腰になったら距離を一段階前に戻すつもりでしたが、おそらくあまりにゆっくりと進行させたせいでしょう、ステップバックは必要ありませんでした。
 数カ月かけて食器をクレートの中に移動し、さらに数週間かけてクレートの隅に移動させ、後ろ足までクレートに入らないと食べられないようにしました。ちなみに、うちでは、「おすわり」させ、「待て」で待たせ、「よし」で食べさせています。なので、この段階で、クレートの中で待てをしています。
 次に、クレートの扉を少しずつ閉めていきました。1週間に角度でいえば大凡10度くらい。これを全開(180度)からほぼ犬の肩幅がぎりぎり通るくらい(30度くらい)になるまで、さらに数カ月間かけて進めました。クレートの扉は普段からこの角度を保持していました。だから、上述の色々な練習も、徐々に扉が閉まった状態でするようになっていきました。ここでもステップバックは必要なかったです。
 ところがここまでの成功に気を良くし、実は一度失敗しています。うちにはクレートの他に移動用キャリーも常設していて、そちらでも上述の練習を繰り返していました。そこで試しに、「ハウス」で移動用キャリーに入り、おやつで強化した後でキャリーの扉を閉めて「待て」をかけてみました。吠えませんでしたが、前足で扉をぱたぱたしだしたので、すぐに開けました。吠えを自発させたくなかったからです。その後、同じ遊びの流れで「ハウス」のコマンドをかけても移動用キャリーには入らなくなりました。キャリーにおやつを入れておいても入っていきません。扉を閉められた状態の嫌悪性は、これまでの練習で変化していなかったようです。
 幸い、移動用キャリーでの経験はクレートには影響しませんでした。なので、クレートでの練習と、扉角30度での食事をさらに数カ月続けました。
 そして、その後(ここははるの行動を観察して見極めたわけではなく、単純に時間の経過から、そろそろいいんじゃないかと判断しただけです)、クレートに入り、おすわりさせ、「待て」と言ってから、扉を閉めました。そして数秒後に「よし」。すると、はるは何の問題もないように食事を食べ始めました。クレートのすぐ横で見ていて、食べ終わったと同時に(扉を開ける要求行動が出る前に)、扉を開けて食器を取り出し、扉はそのまま30度で開放しました。
 はるがうちに来てから2年近く経過していましたが、初めて扉の閉まったクレートの中で、安心して食事ができた瞬間でした。
 その後は、クレートの扉を閉め、「よし」をしてからクレートから離れたり、わざとクレートの扉をいじって物音を立てたり、クレートの扉を閉めてから「よし」までの時間を長くしたり(最長で30秒くらい)と、色々と環境に変化を持たせ、それでも安定して食事行動が自発されています。
 ビデオは三月末に撮影したものです。最後の方に、食べ終わった後で食器を取り出し、また追加でフードを入れて食べさせていますが、これは食べている最中に食器を取り出しても、それを守ろうとして噛んだりしないようにするための練習(のつもり)です。山本先生にはローハイドとかを噛ませ、途中で取り上げ、レバーペーストを塗って戻してあげるというやり方を教わったのですが、はるはレバーペーストを与えるとお腹がゆるくなってしまうのでこのように変形してみました。元々、こういうことで噛んだりする犬ではないのですが、予防のために時々、続けています。
 なお、この先の練習は私に余裕がなくて進んでいませんが、もっと長い時間、安心して扉の閉まったクレートで過ごせるようなプログラムを検討中です。これも吠えさせて消去するのではなく、無誤反応で進めるように計画しています。また、そのうち報告します。