自然と人間を行動分析学で科学する

島宗 理@法政大学文学部心理学科【行動分析学, パフォーマンスマネジメント, インストラクショナルデザイン】

【お知らせ】いよいよ刊行!『応用行動分析学--ヒューマンサービスを改善する行動科学--』

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 いよいよ4/1発売となりました。Amazonでの予約受付も始まったのでお知らせします。

 校了までになんと六年もかけてしまいました。その上,図のレイアウトとか装丁とかの細部にまでこだわるものだから,新曜社のMさん1 には最後までご心労をおかけしたことと思います。お世話になりました。感謝です。

 さて,本書の内容です。タイトルのとおり,応用行動分析学(ABA: Applied Behavior Analysis)の本ですが2,これまで日本で(世界でも)出版されてきた本とは毛色が異なり,発達障がいや知的障がいの話はほとんどでてきません3

 本書では,ヒューマンサービスを「人(や動物)の行動変容を担う仕事や役割」と定義し,そうした仕事の質をデータという根拠(エビデンス)に基づいて改善していく方法論として応用行動分析学を位置づけ,解説しました。

 元々,応用行動分析学とはそういうもので,目の前にいる人や動物の行動を変えることであれば,すべて適用範囲な学問です。さらに,行動を変える<実践>で終わらず,行動がなぜ変わるのか(あるいは変わらないのか)をデータを元に明らかにしていくという<科学>としての仕組みも持ち合わせます。まさに,科学者-実践家モデル(Scientist-Practitioner Model )が具現化されている行動科学なのです。

 その中核となるのがシングルケースデザイン法という,現在,応用行動分析学以外の領域からも注目されている実験計画法です4。本書では,一般の心理学でよく用いられるグループ比較法とはまったく異なるこの研究法の論理(ロジック)をできるだけわかりやすく解説しました。

 シングルケースデザイン法の論理そのものはそれほど難しくありません。ところが,これまであまりわかりやすい解説書がなかったためか,行動分析学会でも(国内でも,海外でも)「おや?」と思う研究発表を時々みかけます。本書を読んで頂ければそのような誤用も減るのではないかと期待しています。

 シングルケースデザイン法を用いた実験で得られたデータから効果量を計算したり,統計的検定をする手法,そうした実験結果の国際的な評価基準も紹介しています。このあたりはこれまでに出版された本には書かれていない新しい情報です5

 執筆に六年もかかった6理由の一つは,この機会に行動の諸法則を記述する用語を整理したからです。

 ここ数年間,日本行動分析学会では用語検討特別委員会により,専門用語の見直しが進められています。複数存在する訳語の整理や統一が目標です。それはそれで大事な仕事なのですが,行動がなぜ生じるかを探求していくためには,行動と環境との関数関係を,矛盾や冗長なく,正確に記述するための用語である必要があります。たとえば,"reinforcer"を「強化子」と訳すべきか「好子」と訳すべきかという話ではなく,行動の後続事象が行動に及ぼす機能をどのように記述すべきかという<概念としての妥当性>を検討する視点を忘れてはならないという話です。

 こういう狙いもあり,応用行動分析学の本ですが,行動の諸法則を解説するセクションにも力をいれました。強化や消去といった用語の辞書的な定義にはおさまらない,挑戦的な内容が一部含まれています7。個人的に大好きな『臨床行動心理学の基礎』8という,とてもいい本があります。ただ,内容が濃厚すぎるのか,残念なことに完読している人は少ないようです。本書のこのセクションも,もしかすると少し難しすぎるかもしれませんが,具体例を盛り込んで,できるだけ読みやすくしたつもりですので,ぜひご笑味下さい。

 本書の最後のセクションでは,日本ではあまり知られていない応用行動分析学の事例をいくつか紹介しました。メディアで取り上げられたこともある,地雷を発見するネズミのプログラムや9NASAが初めて有人ロケットを飛ばす前に宇宙に行ったチンパンジーと彼を訓練した行動分析家の話など,できるだけ多彩なケースを用意しました。日本での画期的な取り組みもいくつか紹介しています。

 応用行動分析学には,実験や事例の積み重ねから,包括的な介入パッケージやプログラムを作り上げ,運用する方法論も蓄積されています。ここで紹介しているのは,研究のための研究ではなく,実用化しながら研究していくという方法論が実を結んだケースの数々です。

 ヒューマンサービスに関わりながら,より良い仕事をするための方法論を探している人たちに本書が届き,日本でもこのような実践やプログラムが増えていくこと,そしてそうなることで,人々がより楽しく,より幸せに生きられる社会になっていくことが私の夢です10

 本書で引用しているURLの一覧はこちらから

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1) 日本心理学会の『心理学ワールド』でもお世話になっている編集者の方です。
2) ABAのAはどれも自閉症(Autism)のAではありません(という論文も引用しています)。
3) だからといって,発達障がいや知的障がい関係の仕事をしている人たちには役に立たないというわけではありません。
4) 「行動科学」という言葉は本来"behavioral sciences"と複数形で表記されるように,心理学や社会学,人類学など,様々な,そして異なる方法論を持つ「科学」の集合的概念です。なので「行動科学です」というのは,そうした兄弟姉妹たちのうちの一つ,"a science"であることを示します。
5) このブログの他の記事でも紹介しています。
6) もとい。「かけた」です(笑)。
7) 基礎研究者の方々にもぜひ読んで頂き,ご意見・ご感想をお聞きできれば嬉しいです。
8) 久保田新・鎌倉やよい・岡西哲夫・桐谷佳恵・江藤真紀 (2003). 臨床行動心理学の基礎--医と心を考える 人はなぜ心を求めるか-- 丸善
9) このプロジェクトをスーパーバイズしたのが Western Michigan University のDr. Alan Polingで,2016年に,この功績に対してAPA(American Psychological Association)から International Humanitarian Awardを受賞しています。自分はWMUに留学していたとき,彼のラボで行動薬理の実験のお手伝いをしていたことがあります(そのときに人生初のぎっくり腰をやらかしたのが苦い想い出)。
10) わざと注釈の多い文章にしてみました。本書は新曜社の「ワードマップ」というシリーズの一冊で,このシリーズでは注釈スペースを大きくとるのがデザイン上の特徴になっています。