自然と人間を行動分析学で科学する

島宗 理@法政大学文学部心理学科【行動分析学, パフォーマンスマネジメント, インストラクショナルデザイン】

Q&A:上越教育大学特別支援教育実践研究センターセミナー(2016/11/05)から

 先週の土曜日に上越教育大学特別支援教育実践研究センターセミナーの講師を務めて参りました。題目は「学校や地域で教師を支援して子どもの学びを促進する--事例研究を中心とした研修システムの構築と維持--」。

 2時間の講演の前半に、徳島で取り組んでいる県の事業徳島ABA研究会の活動について話をし、後半は配付させて頂いた質問シートに書いて頂いた質問に答える形で進めようと思っていたのですが、導入部に時間をかけすぎ、脱線も多く(笑)、前半に90分近くかけてしまいました。それでも52人の方から百近くのご質問を頂きました(感謝です)。セミナーの残り時間で回答できなかったもののうち、ここで回答できそうなものについて以下、大ざっぱで申し訳ないのですが、ご回答いたします。


Q: 通常学級の先生方に行動分析学を学んでもらうのは大変ではないですか?

A: 通常学級での指導に必要で重要な知識や技術と、特別支援学校での指導に必要で重要な知識や技術には大きな違いがあります(もちろん共通点もたくさんあります)。たとえば、SWPBIS(学校全体でのポジティブな行動支援)で先生方に学んで頂く内容は、基本は行動分析学にあるといっても、たとえばサマースクールの内容とは随分違います。私も通常学級や学校で授業改善のコンサルテーションをすることがありますが、ほとんどの場合、行動分析学については教えません。むしろ、教室環境や指示のタイミングや教材の工夫、児童・生徒に取り組んでもらう演習の組み立て方など、その場で先生方ができる方法を助言します。なぜなら、通常学級でコンサルが必要になるようなケース(学級運営が上手くいっていない、学習内容の理解が不十分など)は、そういう違いを作るだけでも改善されることが多いからです。つまり、あくまでゴールは子どもの学びであって、そのためにどれだけ何を先生方が学ぶ必要があるかは、そのゴールを達成できるかどうかで決まってくるということです。


Q: SWPBISとは何ですか?

A: SWPBISはSchool-Wide Positive Behavior Intervention and Supportの略です。この記事これらの本や資料をご参照下さい。


Q: 集団での事例はありますか?

A: web公開している事例の数は少ないですが、セミナーで紹介させて頂いたように、クラスワイド(学級全体)、スクールワイド(学校全体)の取り組みが行われています。徳島県ではセミナーでご紹介した事業の前に行っていた取り組みの成果がwebで公開されています。
 今年度の成果報告会でもこのような取り組みについてシンポジウムが企画されていますので、興味がある方は参加されてはいかがでしょうか。日時は2月24日、25日です。参加申込みなども含め、詳しい情報はいずれ「徳島県特別支援まなびの広場」で広報されますので、そちらをご参照下さい。

発達障がいの可能性のある子どもを含めた集団指導の充実や子どもたちの『できる』を学校全体で支援する取り組み

追記:上記のプロジェクトについては徳島県立総合教育センター研究紀要に報告書が掲載されています。


Q: 徳島県の事業で事例研究を担当する巡回相談員の専門性は?

A: 本事業で事例研究に関わっている巡回相談員の多くは、特別支援学校の教員で、これまで徳島ABA研究会のサマースクールに参加したり、所属校で事例研究を自ら行ってきた先生方です。


Q:徳島ABA研究会の立ち上げ時にはどんな人が何人くらい集まったのですか?

A: 研究会を立ち上げる2-3年前から徳島県内のいくつかの当時養護学校で一緒に事例研究を行っていた先生方が中心でした。最初のサマースクールのスタッフは3人でした。2年後は15、3年後は25人になりました。


Q:徳島ABA研究会の目的は最初からサマースクールという研修の実施だったのですか?

A: はいそうです。ただし、サマースクールはそれだけで終わるのではなく、その後の(9月以降の)事例研究の準備という位置づけで、今もその基本路線は変わっていません。研修のための研修ではなく、実践のための最低限の研修です。ちなみに、設立当時は事例研究の実施を支援するために月例の研究会も開催していましたが、各校にサマスクや事例研究の修了生が増え、校内での支援体制も整ってきたこと、月1回でも各校から集まるのは負担が多すぎることなどの理由で止めました。セミナーでもお話ししましたが、負担が大きすぎることや役に立っていなさそうなことはきっぱりさっぱり止められるところが自主的な研修会のメリットの一つですね(公的な研究会も本来はそうであるべきだと思いますが)。


Q: 徳島の先生方は研修への参加意欲が高いのですか? どうすれば主体性をもって研修に参加してもらえますか?

A: これはセミナーでもお話ししましたが、まず、研修への意欲より、子どもさんの学びへの意欲の方が重要だと思います。その上で、研修が子どもさんの学びに直接役に立つように作られていれば、そういう先生方は自主的に、意欲的に参加します。事例研究を中心にした研修の重要性がここにあるのです。


Q: 教員が「やらされている」のではなく、自らやるようにサポートする工夫は?

A: 事例研究への参加は公募制(自分で手を挙げる機会だけを作る)で、でもその後のサポート(専門家に相談する機会、学校内で相談し、支援してもらえる環境)なども整え、最終的に、手を挙げた教員も、その指導を受ける子どもさんも(そしてそのご家族も)、みんなが"勝てる"ようにするということに尽きると思います。子どもの学びは時に遅々として進みませんから、それを目に見える形で抜き出し(記録とグラフ化)、それを関わっている人たちみんなで喜べる環境設定が重要です。


Q: 記録の取り方について教えて下さい。

A: 記録を簡易化する方法は弊著『使える行動分析学--じぶん実験のすすめ (ちくま新書)--』をご参照下さい。原則は、書く文字数が最低限になるようにすること、その場で記録が終わることです(撮影したビデオを後で見返したりせずに)。セミナーでご紹介した事例研究データベースには多彩な記録の実際が掲載されていますので、実践例はそちらをご覧下さい。


Q: シェイピングゲームなどの演習を実際に行ってみたい。教材の改善がどのように行われるのかを知りたい。

A: サマースクールに参加し、次の年はスタッフとして関わることをお薦めします。 実は、ここ数年、徳島県外からそのように関わる人が増えています。他県への"水平展開"の鍵になりそうな気がしています。なお、スタッフとして参加した人には、サマスクのマニュアルや教材を自由に使っていただけることになっています。


Q: 行動分析学に特化するメリットとデメリットを教えて下さい。

A: 行動分析学では増やそうとする(あるいは減らそうとする)行動を具体的にして記録する方法や、行動を変えるための基本的な考え方とそれに基づいた技術が充実しているので、学習支援には使いやすい心理学です。知的障害や発達障害などがあるお子さんへの指導や支援のエビデンス(研究も実践も)も豊富にあります。それを学ぶのにそれなりの時間や労力が教員の負担になることがデメリットですが、これは何を学ぶにしても同じことなので、デメリットを上回るメリットがあるかどうかが問いになります。
 なお、徳島県の事業では、希望があれば登録されているアドバイザー以外の専門家も招聘できるようになっています(行動分析学以外でも)。ただし、あくまで事例研究をするための事業なので、そのような場合でも、指導目標を具体化し、記録を取り、記録に基づいて指導法を評価してもらうようになっています。


Q: 行動分析学についてネガティブなイメージを持っている教員に、どのようにすれば理解を促せますか?

A: 行動分析学を押しつける必要はないし、すべきでことでもないと思います。それぞれの先生方が何を大事にするかは尊重すべきです。なにより、ご自分で事例研究を進め、子どもさんの学習をどんどん進めましょう。そうすれば他の人はその方法や考え方に興味を持ってくれるものです。同じように、他の先生方が他のアプローチや考え方で子どもの学びに関し成果を出しているのなら、そこからどんどん学びましょう。「子どもの学び」に対してどれだけ共同戦線をはれるかが鍵になると思います。


Q: 行動分析学を一般の教員が取り入れるときに注意すべきことはあるか?

A: 指導目標が独り善がりにならないよう、保護者やご本人の要望や状況、周りの先生方からの助言などを十分に受け、必ず記録を取り、記録に基づいて指導を見直し、倫理的な配慮をすれば(例:"罰"は使わないようにする)、特に問題は生じないと思います。いずれも教育現場では常識的な範囲の話ですが、時に行動分析学どうこうの話ではなく逸脱してしまうこともあるので一応書いておきます。なお、日本行動分析学会では体罰に対する反対声明をだしています。こちらもご参照下さい。


Q: 行動分析学について正確に理解したいです。

A: 求める「正確さ」によります。学問的に研究者水準の理解を目指すなら、行動分析学の専門家がいる大学で学んで下さい。ただし、学校で教員として優れた仕事をするのにそこまでの理解は有益ではあっても必須ではないと私は考えます。サマースクールで学び、事例研究を積み重ねて行くことでも教員として必要な知識と技術は身につくと思います(もちろん、本来はそれを教員養成課程や教職大学院などで学べるようになって欲しいものです)。


Q: 応用行動分析学を通信教育で学べるところはありますか?

A: 星槎大学をお薦めします(特別支援教育なら特に)。


Q: ABAの資格はありますか?

A: 国際的な資格として「BCBA(Board Certified Behavior Analyst)」という仕組みがあります。日本の大学院を修了してから日本で受験できるようにする準備も進められています。詳しくは認定団体のwebサイトや下記論文をご参照下さい。

島宗 理・中島定彦・井上雅彦・遠藤清香・井澤信三・奥田健次・北川公路・佐藤隆弘・清水裕文・霜田浩信・高畑庄蔵・田島裕之・土屋立・野呂文行・服巻繁・武藤崇・山岸直基・米山直樹(2002)行動分析学にもとづいた臨床サービスの専門性--行動分析士認定協会による資格認定と職能分析-- 行動分析学研究, 17,174-208.


Q: 学校の文化は本当に変わりますか?

A: "文化"にも色々ありますが、今回のセミナーでご紹介した取り組みで変わるのは、子どもの成長や学びを具体的な行動として捉えたり、それを記録して自らの教育実践の改善に活かしたり、そのときに他の教員や専門家の意見を取り入れていくといった点です。地域や学校によっては、外部の人に(同じ学校の他の教員にも)自分の授業や指導を見せるのに否定的だったり、記録より"印象"を重視したり、指導目標を自分の考えだけで決めてしまったりする"文化"がまだまだ残っていると聞き及びます。私は、子どもたちが楽しくどんどん学び、それを先生たちも喜んでさらにどんどん教える文化が生き残ることを期待しています。


以上です。たくさんのご質問、ありがとうございました。