自然と人間を行動分析学で科学する

島宗 理@法政大学文学部心理学科【行動分析学, パフォーマンスマネジメント, インストラクショナルデザイン】

ここまで進んでいた! ハエの学習に関する研究: “おなかがすくと記憶力アップ”から反転法、フライトシュミレータまで

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「おなかがすくと記憶力アップ 都医学総研、ハエで確認」(日本経済新聞, 2013/1/25)という記事に興味を持ち、ハエの学習に関する論文をちらほら読み漁ってました。

あまりに面白いので、東京都医学総合研究所の平野恭敬先生に直接お電話してお話をうかがってしまったくらいです。平野先生、不躾なお願いにも関わらず、ご丁寧にご回答下さり、ありがとうございました。

平野先生たちの研究はScienceに掲載されていますが、東京都医学総合研究所のこちらのページには日本語の解説と共に装置の写真もあります(上の画像はそちらを参照させてもらっています)。

Hirano, Y., Masuda, T., Naganos, S., Matsuno, M., Ueno, K., Miyashita, M., Horiuchi, J., & Saitoe, M. (2013).  Fasting Launches CRTC to Facilitate Long-Term Memory Formation in Drosophila.  Science, January 25, 443-446.

ハエの嗅覚と電気ショックを使った条件づけをするのですが、このとき餌の遮断化をしておくと、匂いと電気ショックの対呈示から一日経過した後の回避反応率が、遮断化をしていないときよりも高くなるという結果です。

餌を好子に使った(あるいは餌とも関連する般性好子を使った)オペラント学習に餌の遮断化が効くのは当然ですが、レスポンデント条件づけもしくはそれによるオペラント逃避/回避に餌の遮断化が効くというのは初耳で、とても興味深い現象だと思ったわけです。

平野先生たちの研究はさらに進み、条件づけを(or 条件づけによって生じた学習の保持を)促進しているのは、CRTCという脳の神経細胞中に存在するタンパク質であることを突き止めます(餌の遮断化をしなくてもCRTCを操作すれば同じ現象を再現できる)。

行動分析学的にこの現象はどのように解釈できるのか、そのためにはハエの行動をもう少し詳細に知らないとならない。そこで平野先生にお電話したのでした。

まず、驚いたことに(この業界ではそれが標準だそうです)。ハエは一度に百匹使うそうです。そう、集団実験なのです。上の写真の上部にハエを百匹入れ、匂い刺激を呈示しながら電気ショックをかけます。そしてそのまま下のT字路への入口を開けて移動させ、左右から別々の匂い刺激を提示します。片方からは電気ショックと対呈示したのと同じ匂い刺激を流すわけですね。

そして百匹のハエが移動した後、T字路のどちらにどれだけのハエがいたかを数えてそれを学習(記憶)の指標とするそうです。

この手続きだと、ハエのレスポンデントを測定しているのか、あるいはオペラント回避/逃避を測定しているのかよくわかりません。そのことを平野先生に質問したら、平野先生はレスポンデント条件づけと考えてらっしゃるようでした。こういう区別は先生方の研究によってはあまり関係がないのかもしれませんが、CRTCが作用する範囲を明確にするには、もしかしたら有効かもしれません(レスポンデント/オペラントで機能するタンパク質が異なるとか、同じオペラントでも刺激弁別と習得性確立操作とでは異なるタンパク質が関わっているとか)。

あるいは、もしかしたら、ハエは空腹時と満腹時とで飛び回ったり、動き回ったりする運動量が異なるかもしれない(そうであれば、たとえば、より動き回っている条件の方が電気ショックによって動き回る行動が弱化される確率が高くなったり、T字路でどちらかに移動する確率も高くなる)。あるいは、嫌悪刺激の呈示によってどのような行動が誘発されるのか(fightはなさそうだけど、flightするのかfreezeしがちなのか)によっても結果が左右されそうです。そもそも、電気ショックに対するハエの反射にどのような反応形があるかもわからないし、と、興味本位で調査を開始したのでした。

とりあえず、わかったこと:どうやらハエはDNAの解析も完了していて、脳の解析もやりやすく、頭蓋?が薄いので直接観察もしやすいし、脳だけ切り離して刺激を与えたりする実験もできる、寿命が数週間と短いので「生涯発達」的な研究もできるなどなどの理由で、(比較)生物学や神経科学、生理学などの研究で被験体として用いられることが多いということ。これに比べて、JEABには下記のシンプルなオペラント条件づけの実験が1本しかありません(実験箱の穴に出たり入ったりする行動をサッカリンで強化するのを反転法で評価)。さすがにこちらは個別実験です。

Sokolowski, M.B.C., Disma, G. & Abramson, C.I. (2010). A paradigm for operant conditioning in blow flies (Phormia terrae novae Robineau-Desvoidy, 1830). Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 93, 81-89.

行動分析学以外のジャーナルでは、数多くの(「学習」に限定しても、隙間時間では読み切れないほどの)実験が見つかります。その中でちょっと読んだだけでも、

匂いをかぐ器官(鼻のような触覚?)を伸ばす行動を条件性抑制で抑制する実験。

DeJianne, D., McGuire, T. R., & Pruzan-Hotchkiss, A. (1985). Conditioned suppression of proboscis extension in Drosophila melanogaster. Journal Of Comparative Psychology, 99(1), 74-80.

平野先生たちの研究と同じような装置で嗅覚嫌悪条件づけを個別実験と集団実験で行い、なんと、ハエの集団行動特性(社会的制御)を検討した実験。

Chabaud, M., Preat, T., & Kaiser, L. (2010). Behavioral characterization of individual olfactory memory retrieval in Drosophilamelanogaster. Frontiers In Behavioral Neuroscience, 4.

ハエを実験装置の中に吊るし、まるでフライトシュミレータのような状態で、飛行の角度を測定し、熱線を使って条件づけし、オペラントとレスポンデントの区別をしようとした実験。

Brembs, B., & Heisenberg, M. (2000). The operant and the classical in conditioned orientation of Drosophilia melanogaster at the flight simulator. Learning & Memory, 7(2), 104-115.

などなど。「ハエの学習の専門家」になる勢いでないと到底読み切れないほどの文献量です。なので、上記の私の疑問はまだ未解決ですが、とりあえず、これで打ち止めにすることにしました。さすがに今からハエの学習の専門家になるつもりもないので。

近年、ハトやネズミなどの脊椎動物を被験体に使って実験をするのが、倫理的な規制のため、どんどん難しくなってきていますが、ハエでこれだけの研究ができる余地があるのなら、救いです。日本の行動分析学会には、まだハエの学習の専門家がいません。今、始めればいきなり第一人者です。

いつやるか、いまでしょう(と、結局、しょーもないオチですみません)。